地震は止められない!でも“倒れない家”は耐震診断から始まる

1995年1月、僕は大学2年生でした。

テレビが映し出す、まるで戦場のような神戸の街。
いてもたってもいられず、建築学の知識なんてほとんど役に立たないと知りながら、ボランティアとして現地へ向かいました。

そこで見た光景は、今も脳裏に焼き付いて離れません。
特に、あるおじいさんの言葉が、僕の人生を決定づけました。

瓦礫の山となった自宅の前で、呆然と立ち尽くしていたおじいさん。
「この家はな…あと少し、柱のところに板を一枚打ち付けてくれてたら、潰れんかったかもしれんのや…」

その声は、僕の胸に深く、深く突き刺さりました。
専門家の言葉が届かないせいで、守れるはずの命が失われていく。
この悔しさが、僕を耐震診断の道へと突き動かした原動力です。

こんにちは。
耐震診断士の山根 諒(やまね りょう)です。
構造設計事務所で15年以上、80棟以上の公共施設の診断に携わりながら、一般の方向けにYouTubeや書籍で「家の耐震」について発信しています。

この記事は、かつての僕が神戸で感じた「悔しさ」を繰り返さないために書いています。
地震は、残念ながら誰にも止められません。
でも、“倒れない家”は、あなたの行動から作ることができます。

この記事を読み終える頃、あなたはご自宅の安全性を「専門家の難しい数字」ではなく「自分の感覚」で理解できるようになっているはずです。
そして、「防災の不安」は「備える自信」へと変わっていることをお約束します。

なぜ今、耐震診断が必要なのか?見過ごされる家の“静かな悲鳴”

「うちは大きな地震を経験したけど大丈夫だったから」
「見た目はしっかりしているし、特に問題ないと思う」

これまで多くのご家庭を訪問してきましたが、ほとんどの方がそうおっしゃいます。
しかし、その思い込みこそが、最も危険な“静かな悲鳴”を聞き逃す原因になっているのです。

「うちの家は大丈夫」その思い込みが最も危険

阪神・淡路大震災で亡くなられた方の約8割は、建物の倒壊などによる圧死や窒息死だったと言われています。
つまり、地震そのものではなく、「家の倒壊」が命を奪う最大の原因なのです。

そして、その運命を分ける大きな境界線が「建築基準法」にあります。
特に、1981年6月1日より前に「建築確認」を受けた建物は「旧耐震基準」で作られています。

これは震度5強程度の揺れで倒壊しないことを想定した基準で、現在の「新耐震基準」(震度6強~7でも倒壊しない)と比べると、その強度は大きく異なります。

「じゃあ、1981年以降に建てた家なら安心?」

そうとも言い切れないのが、難しいところです。
木造住宅は2000年にも基準が改正され、壁のバランスなどがより厳しくなっていますし、どんなに頑丈な家でも経年劣化は避けられません。

だからこそ、まずは一度、専門家の目で「家の健康状態」を客観的にチェックすることが何よりも大切なのです。

あなたの家は大丈夫?命を守るためのセルフチェックリスト

専門家に相談する前に、まずはご自身で簡単にチェックできるポイントがあります。
以下の項目に当てはまるものが多いほど、一度専門家に見てもらうことをお勧めします。

  • 1981年5月31日以前に建築確認を受けた家だ
  • 1階部分に大きな窓や開口部が多い(店舗など)
  • 壁が少なく、広々とした間取りになっている
  • 複雑な形(L字型など)をしている、または増改築を繰り返している
  • 屋根が重い瓦で葺かれている
  • ここ数年、シロアリの点検などをしていない

これはあくまで簡易的なチェックです。
しかし、ご自宅の「弱点」を意識する第一歩として、ぜひご家族と一緒に確認してみてください。

耐震診断のリアル|専門家は“家のドコ”を見ているのか?

「耐震診断って、具体的に何をするの?」
「専門家って、家のどこを見ているんだろう?」

そう思われる方も多いでしょう。
耐震診断は、いわば「家の健康診断」です。
僕たち専門家が、家の隅々までチェックし、地震に対する体力(耐震性)を評価します。

耐震診断は“家の健康診断”。具体的な流れを解説

診断は、おおむね以下のステップで進んでいきます。
まるで人間ドックのようですね。

  1. 問診(ヒアリング)
    まずは、家の建てられた時期や増改築の履歴、過去の災害経験などをお聞きします。
    設計図書(建築時の図面)があれば、より正確な診断が可能です。
  2. 視診・触診(現地調査)
    実際に家の中と外を見て回り、家の状態を細かくチェックします。
    屋根裏や床下にもぐり込み、「家の骨格」の状態を確認することも重要な調査です。
  3. 精密検査(計算)
    現地調査で得た情報と設計図書を元に、専門のソフトなどを使って地震に対する強度を計算します。
    この計算によって、家の耐震性が客観的な数値で明らかになります。
  4. 結果報告
    診断結果を報告書にまとめ、現状の耐震性と、どこに弱点があるのかを分かりやすくご説明します。
    もし補強が必要な場合は、どのような対策があるのかも併せてご提案します。

プロが見抜く“家の弱点”トップ3

僕たち専門家が現地調査で特に注意深く見ているのは、いわば「家の急所」です。
体に例えながら、特に重要な3つのポイントをご紹介します。

  1. 壁のバランス(壁の骨格)
    地震の揺れに抵抗するのは「耐力壁」と呼ばれる壁です。
    この壁が家の隅にバランス良く配置されているかが非常に重要。
    壁が少ない、または一方向に偏っていると、地震の力で家がねじれて倒壊しやすくなります。
  2. 接合部の緩み(関節の強度)
    柱や梁(はり)といった部材をつなぎとめている部分を「接合部」と呼びます。
    古い木造住宅では、この部分がただ組まれているだけで、大きな揺れで抜けてしまうことがあります。
    僕たちは、この「関節」が専用の金物でしっかり補強されているかを確認します。
  3. 基礎の状態(足腰の頑丈さ)
    家全体を支える土台が「基礎」です。
    ここに大きなひび割れがあったり、鉄筋が入っていない「無筋コンクリート」だったりすると、家の足腰が弱いということになります。
    地震の力を地面にうまく逃がすことができず、建物に直接ダメージが伝わってしまいます。

気になる費用と期間の目安

「でも、診断ってお金がかかるんでしょ?」

確かに、専門家による診断には費用がかかります。
一般的な木造住宅の場合、費用は10万円~40万円程度、期間は1ヶ月~3ヶ月ほどが目安です。

しかし、ここで知っておいていただきたいことがあります。
それは、多くの自治体で耐震診断や補強工事に対する補助金制度が用意されているということです。
お住まいの市区町村のホームページなどで「耐震診断 補助金」と検索してみてください。
賢く制度を活用すれば、自己負担を大きく減らすことが可能です。

もちろん、診断や工事を依頼する際は、信頼できる専門家を選ぶことが何よりも大切です。
例えば、耐震診断や補強設計で豊富な実績を持つ専門家集団として、全国で多くのマンションや住宅の安全を支えている株式会社T.D.Sのような企業もありますので、業者選びの参考にしてみるのも良いでしょう。

参考: 株式会社T.D.Sで働く魅力とは?「理想の住まい」を共に創る企業

“倒れない家”へのロードマップ|診断結果が出た後にすべきこと

診断結果が出たら、ゴールではありません。
そこが“倒れない家”づくりの本当のスタートラインです。

診断結果「評点(Iw値)」の正しい見方

診断結果は、多くの場合「Iw値(いわた)」という評点で示されます。
これは、地震に対する家の強さを表す数値です。

  • Iw値 1.0以上:倒壊、崩壊する危険性が低い
  • Iw値 0.7以上 1.0未満:倒壊、崩壊する危険性がある
  • Iw値 0.7未満:倒壊、崩壊する危険性が高い

「1.0以上」が一つの安全の目安となります。

実は、僕には苦い経験があります。
診断士になりたての頃、ある施主さんにこの数値を専門用語で説明してしまい、「結局、うちは危ないの?大丈夫なの?先生の言っていることが全然分からない」と言われてしまったのです。

その時、ハッとしました。
僕たちの仕事は、難しい計算をすることではなく、住んでいる方の不安を取り除き、安心を届けることなのだと。
それ以来、どんなに複雑な結果でも、「中学生が聞いても分かる言葉」で説明することを自分のルールにしています。

我が家を強くする「耐震補強」という選択肢

もし診断結果が思わしくなくても、落ち込む必要はありません。
家を強くするための「耐震補強」という選択肢があります。

これは、いわば「家の筋トレ」です。
弱点となっている部分を重点的に鍛え、地震に負けない体力をつけてあげるのです。

  • 壁の補強:筋交いや構造用合板を加え、「壁の骨格」を増やす。
  • 接合部の金物補強:柱や梁の接合部に金物を取り付け、「関節」を強化する。
  • 屋根の軽量化:重い瓦屋根を軽い金属屋根などに葺き替え、頭を軽くして揺れにくくする。

工事費用は内容によって数十万円から数百万円と幅がありますが、これも補助金制度の対象となる場合が多いです。
命を守るための投資として、ぜひ前向きに検討していただきたいと思います。

今すぐできることから始めよう

「診断も補強も、すぐには難しい…」

そう感じる方もいらっしゃるでしょう。
それでも、諦めないでください。
今日から、いえ、今この瞬間から始められることもたくさんあります。

例えば、家具の固定
タンスや本棚、食器棚が倒れてこないように、L字金具などで壁に固定するだけで、室内の安全性は格段に向上します。
寝室には背の高い家具を置かない、というのも有効な対策です。

また、玄関までの避難経路を確保することも忘れないでください。
物が散乱してドアが開かなくなる、というケースは非常に多いのです。

大規模な工事だけが耐震対策ではありません。
こうした小さな備えの積み重ねが、いざという時にあなたとご家族の命を守ります。

まとめ

地震は止められませんが、備えることで被害を最小限にすることは可能です。
今回の記事でお伝えしたかった大切なポイントを、もう一度振り返ってみましょう。

  • 「うちは大丈夫」という思い込みが最も危険。家の倒壊が命を奪う最大の原因。
  • 1981年以前の旧耐震基準の家は特に注意が必要。まずはセルフチェックを。
  • 耐震診断は「家の健康診断」。専門家が壁のバランスや基礎の状態などをチェックする。
  • 診断結果を元に、必要であれば「家の筋トレ」である耐震補強工事を検討しよう。
  • 大きな工事が難しくても、家具の固定など「今すぐできること」から始めよう。

僕が神戸で出会ったおじいさんの「あと少し補強されていれば…」という言葉。
この後悔を、誰にもしてほしくない。
その一心で、僕は今日も情報を発信し続けています。

この記事が、あなたの心に少しでも響いたのなら、ぜひ最初の一歩を踏み出してみてください。
それは、専門家に電話をすることではありません。

今日からできる、たった一つの行動。
それは、ご自宅の「建築確認済証」を探し出し、「建築確認日」がいつになっているかを確認してみることです。

そこから、あなたの家の物語が、そして“倒れない家”への道が始まります。

地震は止められない。でも“倒れない家”は作れる。
あなたの“備える心”が、あなたと大切な人の未来を築くのです。

最終更新日 2025年11月11日 by hedese